トーキング・マガジンズ(1)【予告】

紙のキャプテン、手塚宣武 ─専門誌『イレブン』の18年─ 

日本サッカーの暗黒時代と言われた'70~'80年代、 インターネットもメールもなかった時代に、海外サッカーの濃密な情報を使命感をもって伝え続けた雑誌があった。「サッカーは世界のスポーツ」をうたった専門誌『イレブン』だ。
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 海外フットボール事情に特化した月刊専門誌があった。試行を繰り返しながらも乾いた情熱と使命感が編集サイドにあったことは疑いようもない。
 時を経ても『イレブン』は日本サッカーへの愛と絶望の渦巻く紙のタイムマシン。懐かしい筆者がいる。貴重な写真がある。話に聞いたことがあっても、実は知ってるつもりでしかなかった内外フットボーラーの若き日々がある。褪せた頁をめくる行為は歴史を引き継ごうとする強固な意志へとつながるに違いない。18年もの長きにわたって同誌の編集長を続けた“紙のキャプテン”手塚宣武を訪ねた。
愛と絶望の渦巻く紙のタイムマシン

「なんで今更?」

 同じ言葉を発した人がいたな、と不意に一陣の風が吹く。今は亡き元日本代表MFネルソン吉村さんを'84年に訪ねたとき以来のことだった。

 歴史継承の意志を欠けば、ワールドカップ1次リーグ敗退の衝撃で何もかもが空しくなる。渋谷スクランブル交差点でのハイタッチも若ければしただろう。スタジアムのゴミも拾っただろう。だが、それだけでは終われない。より経験豊富で知的な未来を信じたいし、探究心を失わない人たちと出会いたい。日本代表の頓挫を見るたびにそうやって荒立つ心を鎮めて来た。

『イレブン』後期執筆陣のハシクレだったから元編集長・手塚との話はし易い。堅苦しくいえば、30年来のご厚誼を賜りということになる。「なんで今更?」に私は、こう答えるしかない。

「70年代と80年代が暗黒時代の一言で括られてもよいのかなと思いましてね。取り返しのつかないことを取り返したいんです」

 古書市場における『イレブン』は、1971年5月創刊号からの8冊揃えで2万4千円。1冊あたりではどの号も2~3千円が相場のようである。私はそれを安いと考える。しかし、人によっては節度もまた情熱の一形態である。感傷はとうに始末しましたよとばかりにこうきっぱりいわれてしまった。

「'93年夏の『ニューイレブン』に〈イレブン』誌の18年、48000行に漂う 日本代表の光と影〉を書いたでしょ。あそこで僕の考え方は尽きてます。意地で書き上げたから(笑)」

 48000行の意味を質すと、「日本代表関連の特集はいつも4~5頁を割いていました。一回分400行として120回はやったという意味」と返された。

 当該号に目を落としてみよう。綴られているのは日本プロサッカーリーグ(略称Jリーグ)誕生を祝してのアンビバレントな喜びである。おれの自信作を読んでくれという話ではない。後掲する前文からしてどこか痛々しいのだ。そこには堪え難いほどの試練を思わせる何かがある。

〈「サッカーは世界のスポーツ」を旗印に『イレブン』が創刊されたのは'71年5月。この年から18年(休刊は'88年11月号)。『日本代表が「世界の檜舞台に羽ばたく日」』を念じて多くの特集を編んできた。世界への切符にあと一歩と迫った頃もあった。また暗黒の時代もあった。そんな歴史をたどりながら、日本代表は夢舞台に手の届くところまできた。改めていま『イレブン』誌上の日本代表関連特集の行間を読み進むと必ず《アマチュアリズム》にぶちあたるのだった〉

 含意に富むリード文である。アマチュアリズムの古層が脈々と生きて続けていたことにブラジル2014で気づかされたから尚のこと重い。アマチュアリズム自体が悪いのではない。組織的な大きな戦いの過程で心の隙や甘えを生みだすプロらしからぬ側面や構造が問題なのである。ひりつく契約対決社会を体験した協会/リーグ最上層部があまりに少ないことを保身のためから誰も突けない。切腹するSAMURAI BLUEを、むしろ辞任するイタリア協会の会長に見いだす有様だ。

サッカー批評(69) (双葉社スーパームック)
※この続きは、7月10日発売予定の『サッカー批評 issue 69』(双葉社スーパームック 1242円)に掲載しています。