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佐山一郎blog

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サヤマ・リマスタリング

暴走はなぜ止まらないのか?「新国立競技場問題」の核心(3/3)

文科省がソフトに疎く 文化果つる神宮界隈

佐山 以前、国立競技場の芝の管理者から聞いたんだけど、サッカー利用の場合はJリーグ発足後のスキルや戦術の向上で、芝草の痛みが和らいだと。あとは、「可動式スタンド」の概念がよく見えて来ないですね。

後藤 可動式の座席ということではパリ北郊サン=ドニのスタッド・ド・フランスがそうだけど、ピッチのギリギリまでは延びない。傾斜もなだらかだし、記者席の位置も陸上競技場対応。ああいう陸上兼用でワールドカップの決勝をやるのは、これからはもうないんじゃないかな。


佐山 ゴール裏を半月型状態のままで延ばさないときもありますね。2007年はラグビーワールドカップ決勝もやり、2003年には世界陸上もやり、しかもローリング・ストーンズもやりで、どうもこのあたりをライバル視しているきらいがあるな。収容能力も8万1千338人だし。ただ冒険主義的でモンスターっぽいザハ案のような開閉屋根部分はない。

後藤 ザハ案のまま屋根を付けたら、芝をまた一からやり直さなければならなくなる。あの屋根は相当、通風が悪そう。今の国立が世界に誇れる最高の芝の状態を保てるのも、屋根がないのが幸いしたからですよ。25年前のように5万人規模のスタジアムが一つしかないという時代なら、みんなで譲りあって頑張って一緒に使うしかないんだろうけど、今は多目的よりも棲み分けをはっきりしたほうがすべての人にとって良いんですよ。

佐山 フットボールラヴァーの理想を言えば、重箱型で客席だけ有蓋の専用がやはりいい。美装以前にまずは観客意思を満たす機能面の充実なんじゃないかな。

後藤 雰囲気がいいのはもちろんだけど、イングランドではほんとに雨が降っても気がつかない。上が開いてるような屋根は絶対吹き込む。中東の日よけの屋根のように開いていちゃいけない。白鳥が羽を広げる瞬間だとか、伊達政宗の兜の前立ての三日月をモチーフにした大屋根だとか、そんなもんじゃないんだよ。ジェノアとサンプドリアが使うルイジ・フェラーリスの死角が90年ワールドカップの前に問題になって、設計ミスということで工事をし直した。タッチラインが見えないからということで、わざわざ造り直したところが偉いんです。見やすいし、非常にいい。

佐山 1960年代後半の日本サッカーリーグでは、広島国泰寺高校(旧制広島一中)からのテレビ中継があったでしょう。土のグラウンドにロープ一本めぐらしてるだけでも、とりあえずは間近で黄金時代の東洋工業の試合を観られる広島の人が羨ましかった。中高年の過去賛美でいってるんじゃなくてね。

後藤 泥だらけの高校のグラウンドでねぇ。やっぱり使う人の意見はよく聞かないと。箱形までいくかどうかは別として、とりあえずは、ガンバ大阪が参加しているサッカー専用スタジアム(仮称・吹田市立スタジアム/2015年秋完成予定)がうまく行ったら、マリノスだって適正規模のコンパクトなのをマリノスタウンに造るかもしれない。フットボール専用が一つずつ増えていけば、観やすい、観にくい、という議論はどうでもよくなっていくはずですよ。
国立競技場の100年: 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ
佐山 実は、今度の『国立競技場の100年』で初めて設計者の名前を知る有様で恥ずかしく思っています。第六章『復興の槌音』中の「明治神宮外苑競技場の解体」の項に、名前が出て来ますね。「一九五六年六月一二日には基本設計が完成。一二月までに建設省関東地方局による実施設計も完了した。設計を担当したのは、関東地方建設局の角田栄第一課長だった」──と。
 
 もう一つは、第七章『東京オリンピックの開催』中の「国立競技場の拡充工事」の項で、「一九五七年竣工の国立競技場の総工費一四億五〇〇〇万円に対して、拡充費一三億円程度という大改装計画だった。/実施設計は、国立競技場を設計した建設省関東地方建設局の角田栄第一課長が再び担当。拡張工事(正式名称は「国立競技場拡充工事」)の着工式は一九六二年三月三〇日に行われ、本格的な工事は年度が変わった同年四月から開始された」──とある。


 角田氏は、いわゆるガバメント・アーキテクトで、設計の中心人物ということだったと思うんだけど、50年前と今度のずさんなコンペの事情とはずいぶん違うものだなあと、うたた今昔の念に堪えない。ただ、今は国土交通省というよりは文科省マターでしょ。文科省がソフトに疎いようではもう文化果つる神宮外苑界隈ですよ。

後藤 国立競技場のデザインをしたと言われている片山光生というモダニズムを代表する建築家も、やはり建設省の人なんです。ただ、片山の名前は同時代資料にはまったく出てこないし、角田さんも片山さんのことにまったく言及していないんですね。そんな訳で、この本では片山についてはまったく触れていません。どういう事情があったのか、この辺は、建築史家に調べてもらいたいですね。

佐山 自分の試合や観戦で忙しくて日頃あまり本を読まない人も、この本だけは是非読んで欲しい。100年分の歴史が収められていて、2500円+税なら絶対お安いですよ! とPRする俺はジャパネットたかたか(笑)。
(了) 
サッカー批評(66) (双葉社スーパームック)
※本稿は『サッカー批評issue66』(双葉社刊・2014年1月 10日号)掲載の原稿(©文責・佐山一郎)に一部補筆したものです。 

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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暴走はなぜ止まらないのか?「新国立競技場問題」の核心(2/3)

サッカーライターは設計案なんか眼中にない

佐山 2002年日韓共催のときの建設ラッシュからして、サッカー関連のメディアはノーウォッチ状態。時すでに遅しで、観客意思もへったくれもないハコモノが、とくに宮城と横浜に出来てしまった。次はもう手遅れにしませんよと週刊誌に寄稿した割には、介護や雑誌の休刊続きで、動きがとれなかったというか。
ザハ・ハディッドは語る (The Conversation Series)
後藤 サッカーライターは、サッカーのことは心配してるけど、設計案のことなんか眼中にない。新国立競技場のコンペに関しては、最初から出来レースで、格好つけたかっただけ。賞金(2千万円)もあげたんだろうし、ザハ案は白紙撤回したっていい。特にザハの場合は、あとで揉めるのは毎度のことなんだから。あんな大げさなものを造るのは大変で時間もかかります。もっとシンプルで安上がりなものでいいんじゃないのかな。

佐山 8万人規模にこだわるのは、ワールドカップ「共催」後遺症ですかね。単独開催の決勝を首都・東京でやれる日本を取り戻したいのかもしれない。ラグビーワールドカップ(RWC 2019)のガイドラインは、決勝と準決勝が6万人以上で準々決勝は3万5千人以上。最小の会場が1万5千人プラス照明設備というふうでもう少しサイズが小さい。


後藤 本の最後の項(=「八万人収容の汎用スタジアムは必要か?」)にも書いたように、オリンピックのためなら8万人規模の陸上競技場は必要。ただ、あとの維持は不可能でしょう。これから先、汎用競技場でのワールドカップ決勝は、もうありえないんじゃない。74年の西ドイツ・ワールドカップのとき、サッカー専用はドルトムントの旧称ヴェストファーレンシュタディオン(現在の収容能力は8万3千人)一つしかなかった。2006年大会では逆に汎用スタジアムは7万6千人規模のベルリンのオリンピアシュタディオン一つだけで、あとは全部リニューアルされて専用になっていた。もっとも、決勝はそのベルリンだったんだけど。

佐山 アヤックスのホーム、アムステルダム・アレナ(収容・5万1千859人)の場合は、世界陸上に落選したおかげでサッカー専用になったらしい。新国立競技場をもし建てるなら、オリンピックの後は、新・神宮野球場に改装したらどうかという記述も意表を突いていて面白かった。

後藤 万博会場は終われば取り壊しちゃうんだけど、オリンピック・スタジアムというのは、お祭りのあと何十年も使うわけだから、そのあとのランニングコストを賄う上ではやっぱり、野球。東京には、味スタ、近県に横浜国際、埼玉スタジアムとあるから、それだけあれば、もう必要ないもんね。サブ・トラック付きの3万人ぐらいの陸上競技場を今の神宮球場の所に造るとかして、陸上とサッカー、ラグビーの棲み分けをうまくやったほうが使い易いはずです。16ポンド(7・26キロ)もある砲丸投げやハンマー投げなどの投擲競技が芝に穴を空けるのも、サッカーやラグビーには良くない。(この項つづく)
国立競技場の100年: 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ
※本稿は『サッカー批評issue66』(双葉社刊・2014年1月10日号)掲載の原稿(©文責・佐山一郎)に一部補筆したものです。 
 
※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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暴走はなぜ止まらないのか?「新国立競技場問題」の核心(1/3)

新国立競技場問題が混迷するなか、後藤健生の手によって、『国立競技場の100年 ──明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ──』という一冊の本が生み出された。
国立競技場の100年: 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ
国立競技場の歴史を紐解き、その将来像を描き出した渾身の書である。
そこで、'64年の東京五輪を国立競技場で観戦していた後藤健生と佐山一郎が、「巨大スタジアム」をめぐって論議した。
「聖地」という美称の流布に反省の余地あり

佐山一郎(以下、佐山) 今、フットボール関係者に突きつけられているのが2020年東京オリンピック・パラリンピックや2019 ラグビーワールドカップとセットになった「新国立競技場問題」。「聖地」という美称の流布という点では初期に片棒を担いだ自覚もあって、今更ながら反省しています。じっさい、陸上競技用トラックのある国立競技場自体がサッカーの「聖地」としての要件を満たしているのかとなると甚だ心もとない。神宮の内・外苑全部ひっくるめて「聖地」というのならまだ分かるんだけど。

後藤健生(以下、後藤) ウェンブリー・スタジアム(9万人収容)がイングランド・サッカーの「聖地」と呼ばれるのとは、まったく違うね。陸上競技場の割には、サッカーも見やすくて僕は高く評価しているんですけどね。

佐山 それにしても、『国立競技場の100年』(ミネルヴァ書房)の著者である後藤健生が、なぜ「国立競技場将来構想有職者会議」(施設建築WG 座長・安藤忠雄)に選ばれなかったのか。ぼくには不思議でしょうがない。だてや酔狂で1964年の東京オリンピックから5千試合以上を現場で観て来たわけじゃないわけだし。

後藤 出版のタイミングとしてはIOC総会での招致決定前後に照準を合わせていたんだけど、刊行が遅れたことで終章「二〇二〇年オリンピック開催と国立競技場の将来」を追加することができて逆によかったのかもしれない。この本のアイデアは10年以上前からあったんです。かなり本気で始めました。「自分でもこういう本なら読みたい!」というのが、まずもって書く上では大事だよね。

'64年の東京五輪で配られた観戦用パンフレット
日本サッカー史―日本代表の90年 (サッカー批評叢書)
佐山 2002年に後藤さんが『日本サッカー史』(双葉社)を上梓するまでは、第三者的立場からのサッカー史すらなかった。博捜した参考文献が100近くもある今度の『国立競技場の100年』にしても、国立競技場の通史としては初めてのこと。惜しむらくは、悪評紛々の「新国立競技場基本構想国際デザイン・コンクール」が始まる前に出せなかったこと!

後藤 あれは、ずさんなひどいコンペでしたよね。国立競技場への思いはいまだに冷めていないし、専用じゃない部分はあるけど、とても落ち着いていて見やすい。

佐山 '64年東京五輪のときに、小学6年生のぼくたちは、同じバックスタンドでハンガリー対モロッコ戦を観ていた。自分の場合は、メインスタンド司令室外壁面に今もある陶片モザイク壁画(左・相撲に勝った瞬間の力=野見宿弥のみのすくね/右・古代ギリシャの勝利の女神=ニケ)をなぜかハワイのフラダンサーと信じて疑わなかった(笑)。御本にもあるように、美装工事が予算不足で遅れる中、寄贈元は旭硝子で工費約240万円だったとか。

後藤 制作者の長谷川路可画伯(本名・龍三/1897-1967)は、遠い親戚なんです。祖父は直接行き来していて、母も路可さんに会ったことがある、と。

佐山 正面玄関の床面に貼られた大理石モザイクも長谷川路可ですね。バックスタンドの回廊を飾る10面ある大壁画の制作にも、宮本三郎ら当時の美術家が参加しています。

後藤 改築する場合は、壁画と聖火台はなんとか残して欲しい。(佐山注・予算の問題から一部を取り壊す案が出てきたが、工藤晴也東京芸術大教授ら外部の検討委員が13点の壁画の全面保存を訴え、JSC側も同意した)よいものができるんであれば、この際、改築がいいとは思いますけどね。'64年の東京オリンピックで印象に残っているのは、行く時にもらった小さなパンフレット。『試合中は選手の迷惑になるから静かに観戦しましょう』──と書いてあるのが、つい、このあいだ、家の中を掃除してたら出てきた(笑)。

佐山 その厳しい躾が、今も記者席で静かにしている主要因なのかな。多い時は週4回出ているスカパー!のテレビ解説のときも静かに観戦してみるとか。

後藤 選手の迷惑にならない程度にね(笑)。

佐山 その日の国立競技場に限らず、大会期間中は、やたらと万国旗がはためいていた印象が残っている。

後藤 そうだね。この本を書くまでは、4基ある照明塔の配置が左右非対称で、等間隔に並んでいないことに気がつかなかった。競技場東北隅で敷地が狭くなってるから、馬蹄形のスタンド拡張も行えなかったんだね。(この項つづく)


本稿は『サッカー批評issue66』(2014110日号)掲載の連載原稿に一部補筆したものです。 


※本稿は『サッカー批評issue66』(双葉社刊・2014年1月 10日号)掲載の原稿(©文責・佐山一郎)に一部補筆したものです。 


※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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