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サヤマ・リマスタリング

ラヂオの話題もまた尽きませぬ(3/3)

 3戦目のブラジル戦もラヂオで聴きました。仮に「奇蹟」でも起きようものなら、大変な家宝になること必至。いつもより録音の準備に力が入ったものです。あのグループリーグ最終戦では、文化放送・長谷川(のび)太氏の終了間際のアナウンスが哀切でした。
「ナカタヒデ、ナカタヒデ、(祈るように)なんとかしてくれ、ナカタッ! (唸るように)なんとかしてくれ、ナカタッ! ボールをキープ、まだボールをキープ、ナカタ……」
「あとたったの3分しかありません、ニッポンのワールドカップ!」
「時間がありません、時間がありません、ニッポン、ニッポンにはもう時間がありません」
 NHKの曽根優アナウンサー(31)は、後半36分、ブラジルの4点目よりも直後の交代にダメージを受けます。
「あっと、ここでブラジルはゴールキーパーを代えます。なんということでしょうか、こんなことがあるんでしょうか、ゴールキーパーがケガをしたわけでもないのに」以後は解説の加茂周氏共々白旗ムード。
 
 もっとも長谷川アナも4点目、ロナウドのシュートが決まった時は、「ゴ~~~ル! ロナウドッ!」

 敵ながらあっぱれと思ってしまったのでしょう。いささか快活過ぎるトーンでした。いつの間にかNHK第1からJCの解説に回っていた小島伸幸氏の「う~ん、なんとかね、やはり次回に続く2点というのが欲しいですよね」のフォローで救われた印象です。

 サッカー協会のその後の動きについては、もう「どうしちゃったの?」と皆が疑問に思う程の急展開。'60年代末に、松本清・千葉県松戸市長(※ドラッグストアチェーン最大手マツトキヨシの創業社長)が、市役所に「すぐやる課」を作って話題になった時を思い出しました。

 たしかに「タイムアップの笛は次の試合へのキックオフの笛である」(デットマール・クラマー)の通りで、次期代表監督選びは喫緊の課題です。批判をかわすための自作自演会見と呆れるメディア関係者が後を絶ちませんが、ぼくはそんな風には思いたくありません。「すぐやる課」発案者の松本清市長は、在任中の無給勤務でも有名でしたが、あの失言によって次期代表監督の報酬額が上昇した場合、川淵会長(※当時)自ら即減俸を申し出るべきです。ジェフユナイテッド市原に対しても単なる陳謝のレベルでは済まないでしょう。それが「巨大組織」を預かるリーダーの事後処理策なり危機管理の常道なのだと思います。

「クラマー語録」を古臭さく思う人も多いでしょう。でも、おじさん世代は岡野俊一郎解説で大人になったんです。「サッカーは、前後半における最初の5分と終了前の5分を大事にしなければいけません」と'60年代から一体何度聴かされたことか。エンタメ性の薄い「岡野語録」の一つでしかありませんが、日増しに「第2芸能界」化して行くサッカー界ではこの程度のことすら継承されていません。それは対オーストラリア戦での2点目と3点目、ブラジル戦での同点弾に如実に現れました。

 ジーコ・ファミリーに関する「検証もの」が今後いくつか出てくるでしょう。代表選手やスタッフは萎縮せずに取材で真実を語るべきだし、受け手側もリテラシーを発揮して真贋を見極めて欲しいものです。

 今回は同時刻に戦われたグループリーグ第3戦での「イエローカード3枚の怪」についても触れるつもりでした。「この場合、クロアチア代表のDFシムニッチ(ヘルタ)は、次戦1試合と前半だけ出場停止なのかな」というジョークがウケたからです。しかしカリスマ・ジーコの終焉にあたって今 ダブって見えるのは同じブラジル人、アイルトン・セナのケースです。

 黒井尚志著『レーサーの死』(双葉社)に、こんな記述があります。

「…そして翌一九八四年にはヨーロッパF2を飛び越え、のちにベネトンになるトールマンからF1デビューを果たした。だが、そのころから記者たちがささやき合った話がある。『あいつ、そのうち死ぬぞ』/アイルトン・セナ・ダシルバという人物の才能は誰もが認めていた。しかしいつクラッシュしてもおかしくない鬼気迫る走りと、相手をコース外に弾き出しても前に出ようとする強引さに死の影を見ていたのだ。日本の放送関係者も例外ではなく、同様の印象を抱いていた者が複数実在する」
(01「アイルトン・セナ死亡事故報道。」より)
 レーサーの死
 英雄・セナの実態は過去に類を見ぬ程の危険な走り。しかし日本のホンダと契約したことにより、マイナー・スポーツでしかなかったF1の象徴的人物としてもてはやされるようになります。

 もうひとつ重なるのが「F1の技術が市販車に生かされている」という呑気な誤解。市販車の技術こそが、FIのような特殊車両に生かされていること位、ちょっと詳しい人なら誰でも知っています。  F1を日本代表にあてはめ、市販車を他の多くのJクラブと考えれば、“エンタメ・フーリーガニズム”とでも呼ぶべき日本ならではのこの4年が透けて見えてくるというものです。

 そのことをいち早く見破り警告を発していたのは、リアルな現場を預かる(鹿島以外の)Jリーグの日本人指導者たちでしょう。グループリーグ敗退による悔しさではらわたが煮え返っているのは、いつまで経っても世界の二流、三流扱いの彼らに違いありません。否、そうでなくては困るんです。(了)
 
 
初出:『サッカーマガジン』(ベースボール・マガジン社)2006年6月

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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ラヂオの話題もまた尽きませぬ(2/3)

 グループステージ第2戦、対クロアチア戦でもラヂオのみによる「聴戦」をしてみました。

 自宅の小部屋に引きこもって左耳に全国民放ラヂオ97局からなるJC系(ジャパンコンソーシアム)、右耳には独自放送のNHK第1放送という態勢がいつのまにやら整ってしまったのだから不思議です。

 それにしてもさんざんテレビを観てからの“映像絶ち”ですからね。滝に打たれて必勝祈願をする若手アナウンサーを映す番組がありましたが、修行という点ではこちらも負けていません。視覚的欲望をこらえることで出てくる脂汗あぶらあせが我欲を洗い流し、「近頃すっかり人間が円くなった」といわれること度々です(笑)。

 対クロアチア戦、JCの実況陣はニッポン放送スポーツ部の所属で「背は低いが声は高い」洗川あらいかわ雄司アナウンサー(29)。解説は沢登正朗氏で、ゲストは横浜FCの現役FW城彰二選手(※当時)。

 一方のNHK第1は、杉澤僚アナウンサー(35)と小島伸幸氏解説。聴戦の序盤で気づいたことは、ほぼ前回と同じでした。とにかく「危なーいッ!」が多いのなんの。「危ないッ、危ないッ、クリアーッ!」「ニッポンまたピンチィ~!」の頻発でもう気が変になりそうでした。 
 反対に一向に聴こえてこないのが、FWの名前。聴覚ポゼッション的には試合とは反対、日本のほうが明らかに下回っていました。それと第1戦の坪井の負傷時のようにちょっと気になったのが、「福西が倒れています」という言い方。ここはやはり「福西が倒された」のほうが正確に伝わります。

 これも繰り返しになりますが、今この時必要とも思えぬ質問が入ると、戦況が伝わらぬどころか実況上の負債をかぶることになり、以後の描写が一層慌ただしくなってしまいます。ですからやはり実況中の3人体制はテレビ同様早くやめたほうがいい。

 それにつけても、選手名を告げる余裕もない「5400秒激流川下り」。パスの数が双方合わせて600本を超える時代です。特殊技能が求められますから、ラヂオ実況がテレビより一段落ちるかの思い込みは間違っています。ラヂオ実況からテレビに行けても、その逆のコースはちょっと厳しいはず。

 開幕戦以降、何度か聴戦しているうちに、解説者に求められるのは「実況補足」のような役割なんだなと分かってきました。実況アナに問われる以前に自分で先取りして喋ってしまうぐらいで丁度いいんです。

 その点でNHK小島解説は巧かった。ピンチの際の「うわーっ!」にもゴールキーパー出身ならではのやるせないような責任感がにじみます。杉澤アナウンサーは、終盤までにたぶん新書一冊分ぐらいは喋ったんじゃないでしょうか。後半40分過ぎはもう気息奄々。声がひっくり返りそうになる事も二度ならず。「クロアチア(の)チャンスだ、ニッポン、クリアーした! まだクロアチア、右サイド、玉田の足にあたりコーナーキックです」のあたりでは、こちらまで息苦しくなってきました。でもそれでいいんです。豪華飛行船ヒンデンブルク号爆発炎上(1937年5月)におけるハーバート・モリソンと一緒です。目の前の惨劇に泣きながら実況なんてことが許されるのは今やワールドカップぐらいのものでしょう。

 小島解説では試合巧者クロアチアのゲームプランを何度か指摘していました。「立ち上がり15分、ラスト10分に的を絞ってきているのに、日本は同じように受けて、同じようにピンチを招いた。それを感じ取らないといけない」と語って一日の長がありました。

 ラヂオ実況の華は、終了後のインタビュー。ジーコ、中田英寿の“疲弊ハイテンション”とでも言うべき音声のなんという臨場感。精も根も尽き果てた川口能活の応答も、耳だけをそばだてているからこその命のやりとりなのでした。

 0-0で引き分けた後のブラジルーオーストラリア戦(2-0)は、一転、テレビ観戦。しかしこれがまあ、緩いのなんの。いちばんの落胆は、勝ち点なり得失点なりの計算をして臨んだ様子がなかったこと。本来なら日本にとってどのようなスコアが望ましいのかに沿っての5400秒であるべきで、後半ロスタイムに MFカカが惜しいシュートを外した際の鑑賞的反応「う~~ん」にはもう呆れが宙返り。最後の最後で泣くことにもなりかねない1点の重みを知る者たちからすれば、2-0と3-0とではまるで違います。得失点差の重圧のことぐらい緩い彼らにだって分かっているはずなのに。

 更に言えば初戦終了段階から乱発され続けた「奇蹟」の数値化も十分可能だったはずです。ブラジルのワールドカップでの歴代敗戦13敗中、2点差以上をつけられた試合はトータル6試合('34年、'54年、'66年×2、'74年、'98年大会)。唯一、3点差負けを喫した'98年フランス大会決勝での対フランス戦〈0-3(前半0-2)〉に触れても罰は当たりません。つまり奇蹟の確率は15回に1回あるかないかの6分7厘4毛以下……。

 今回、退屈男の割には燃焼的で、自分でも驚いているのですが、そんな折に外電が『W杯の試合聴く中、落雷で6人死亡』という記事を伝えていました。「インド東部西ベンガル州で、若者7人が16日の夜、小屋に集まってアルゼンチンーセルビア・モンテネグロ戦のラジオ放送を聴いていたところ、稲妻が小屋の屋根を直撃」か……。「死の組」の6-0(前半3-0)の試合で6人が命を落とすなんて、全くやりきれません。同じアジア予選を戦った国の“ラヂオ仲間”にこの場を借りて哀悼の意を表します。(この項つづく) 
初出:『サッカーマガジン』(ベースボール・マガジン社)2006年6月

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

サヤマ・リマスタリング

ラヂオの話題もまた尽きませぬ(1/3)

 2006年のワールドカップは、テレビのない部屋に引きこもって対オーストラリア戦〈●3-1(0-1)〉をラヂオで聴き続けました。その理由の一つとしては、敢えて映像を断っての願掛け。いま一つは、ラヂオの置かれた現在地確認――と理屈っぽくなるのは簡単なこと。ホントはただ退屈しているだけなのだと思います。

 ま、しかし大会が行われているのはドイツですからね。'54年スイス大会決勝での実況アナウンサー、ヘルベルト・ツィンマーマンに敬意を表してという理由もありました。西ドイツは1次リーグで無敵のハンガリーに3-8(前半1-3)で敗れていたので、ツィンマーマンは大敗に備えてのコメントを準備していたそうです。
ブンデスリーガ―ドイツサッカーの軌跡
 思わぬ試合展開になるのは、0-2のあと。ウルリッヒ・ヘッセ・リヒテンベルガー著『ブンデスリーガ ドイツサッカーの軌跡』(秋吉香代子訳 バジリコ刊)によると、前半11分に1点返した時は、「やれ、ありがたい! もはや0対2ではありません」ぐらいのアナウンスだったそうです。そこから先は魔法にかかったようになり、後半39分に逆転したあとは、ドイツ人なら誰でも知っている「ドイツが3対2でリード。狂ったのかと言ってくれ、気は確かかと言ってくれ!」が彼の口から飛び出します。

 このいわゆる『ベルンの奇蹟』の実況はレコードにもなったというから凄いことです。残念ながらツィンマーマンは’66年イングランド大会の決勝戦を実況してから5カ月もたたぬうちに自動車事故で亡くなっています。
ベルンの奇蹟 [DVD]
 さて、21世紀のラヂオ中継はどうなのか――。朝刊の“ラテ欄”を見てびっくりしたのは、首都圏での聴取環境です。AM5局、FM7局、短波1局でオンエアというのは、ぼくの知る限り前例がありません。

 NHK第1は、鳥海とりうみ貴樹アナウンサー & 宮沢ミッシェルの二人体制。まず素朴な疑問として浮かぶのは、果たして現場に行っているのかどうかでした。でも「テレビ映像を見ると――」「暑いと思いますね」と“オフチューブ”の事情をいきなり明かして拍子抜け。

 驚くべきは他の12局です。そのいずれもが実況アナウンサー・清水大輔、解説・早野宏史、ゲスト・森岡隆三のセットによる超横並び体制。FMと中波では若干のタイムラグがあるので、清水アナお膝元のTBSラジオで聴くことにしました。

 この場合、イヤホーン(NHK用)を左耳につっこみ、右耳にスピーカー(民放用)からの音を入れるという耳がいくつあっても足りない状態で、徐々に物苦おしくなってきます。
 

 かくして、5400秒の苦行が始まったのですが、前半26分、中村俊輔の先制ゴール直後がいちばん我慢の利きにくい時間帯でした。「う~~、見たい、見たい、見たい!」と殆どもう呻き声なのか独白なのか区別がつかない有様。以下で、気づいたことをいくつか記しましょう。
  • NHK第1と民放との比較では、NHKの完勝。民放系は試合経過を克明に描写し続けるべきところを解説とゲストに質問するため、なにやらテレビ中継の副音声化。解説者に求められているのは、むしろ実況のフォロー。勘のいい宮沢ミッシェルはそれを分かっている。
  • ボールと選手の位置を正確に伝え続けることは、展開の早い現代サッカーではほぼ不可能に近い。ために「自陣」「日本陣内」「中盤」のアナウンスで位置を想像する外なし。せめて左か中央か右かぐらいまでは示して欲しいのだが。前述の本『ブンデスリーガ』には、こんな興味深い記述がある。
  • 「……ちょうどラジオ放送が始まったとき、アナウンサーのアルフレッド・ブラウンはピッチを10のマス目と22のゾーンに分けて、ある雑誌にこの図表を印刷するように頼んだ。ブラウンが『レフトハーフがA4を通ってB1に向かってドリブルをしています』などと伝えたときに、目盛りを覚えた人々がフィールドをイメージできるようにするアイデアだった。極めて理性的で、賢い考えだった。だが、とてもまぬけで、ドイツらしい考えでもあった」
  • 前半33分、NHK鳥海アナの「柳澤、柳澤、柳澤、柳澤、柳澤」の5度連呼は、ドリブルによる切り込みが目に浮かび、「前畑ガンバレ!」の平成版のようで良かった。が、それにしても何度「危なーい!」を聞いたことか。最も血圧が上昇した局面は、失点の時ではなく、後半10分の「坪井、倒れてる!!」のあたり。一瞬、足ではなく、心臓、脳血管系と誤解し、胸が悪くなってしまった。
 ラヂオが熱かった夜の終わりにニュース映像を見た時は、有り難さが全身に染み渡りました。勝負の分かれ目をめぐって放たれる「たられば」の矢の凄まじさについては言わずもがな。ただ、一介のラヂオ・オーディエンスとしては、「入ってしまった~ッ!」直後の40分、駒野へのケーヒルのペナルティエリア内でのレイトタックルがいまだに気になります。以前、レフェリーの余計な「演出」が怖いと書いた通りのことが起きてしまったからです。あれは、1点目の日本のゴールに対する帳尻合わせに違いありません。かつてそれは「返し」という符牒でいわれた種類のものなんです。だったら最初のゴールなんか要らないよという気持ちにさえなります。交代をめぐってのジーコ采配や川口の不用意な飛び出しばかりが問題視されますが、敗因の全容解明ほど難しいものはないんです。

 ただあの坪井の自滅にジーコが苛立たぬはずがありません。ケガと故障とでは大きな違いがあります。熟れたチームのコンディショニングの難しさ。そのあたりが、どうやら3度目のW杯チャレンジの肝の部分なのかもしれません。切れに切れて、CK、FK、PK、流れからと珍しい“サイクルゴール”を達成したスペイン代表の初戦を観てますますその思いを強くしました。(この項つづく)

初出:『サッカーマガジン』(ベースボール・マガジン社)2006年6月。

 

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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