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サヤマ・リマスタリング

嗚呼、懐かしの長編色彩記録映画『ゴール!』(後編)

決定版 ワールドカップ全史
 知った名前のサッカー関係者はいないのかとなったときに、真っ先に目に入ってきたのが「解説台本」担当のブライアン・グランビル(1931-)。改訂を重ねている彼の名著“The Story of the World Cup”(1973年)の訳書が草思社から刊行されたのは1998年。日本では『ザ・サンデー・タイムズ』や『ワールド・サッカー』誌の寄稿家イメージが強いが、ロンドンの名門パブリックスクール、チャーターハウス校を卒業したあとはイタリアに渡り、58年に帰国。イタリアの『コリエレ・デロ・スポルト』で働いた経験を生かし、英国BBCテレビのために“European Center Forwad”を製作。'63年のベルリン映画祭のドキュメンタリー部門の優秀作品に選ばれている。
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 FIFA公式記録映画『ゴール!』はいま、DVD『FIFA WORLD CUPイングランド1966』(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)として購入が可能だ。ジャズ・ファンであれば、音楽の雰囲気が'58年のニューポート・ジャズ祭を記録した名作『真夏の夜の夢』(監督:バート・スタン/1959年)のテイストに近いとまず感じるはずだ。市川崑(1915-2008)が総監督を務めた『東京オリンピック』(1965年)の影響もありそうだ。

『東京オリンピック』の陣容は実に大掛かりで、スタッフ総勢556人。撮影陣の一人に黒澤作品でお馴染み、宮川和夫、脚本グループに詩人の谷川俊太郎、監督部に写真家細江英公や作家、安岡章太郎。音楽監督に黛敏郎、美術監督にグラフィックデザイナーの亀倉雄策と多士済々。録音も五輪映画史上初のステレオ録音で、2,000mmと1,600mmの超望遠レンズが使用された。撮影フィルムも40万フィートで、富士山の40倍といわれ総製作費用は当時のおカネで3億7千万円にものぼった。しかし映画の出来については公開当時からその芸術性をめぐって賛否両論があった。
東京オリンピック [DVD]
 ちなみにオリンピックの記録映画がカラーになったのは、1948年のロンドン・オリンピックからである。

 ところで『ゴール!』に関する記憶は、こちらが子どもだったこともあって、後半部分のイングランド-西ドイツ戦ばかりが鮮明。しかし改めて観直すと、むしろこの映画の真骨頂は、ペレ、ガリンシャの出てくるブラジルや北朝鮮代表選手を収めた前半部分という気がしてくる。

 北朝鮮-イタリア戦に関しては、前半32分の致命的シーンが何と言っても貴重だ。小柄なリンクマン朴承振(パク・セウンチン)に猛烈なタックルを仕掛けたジャコモ・ブルガレリ(ボローニャ)が膝をひねって退場しなければ、恐らくイタリアが敗れることもなかった。

 出場国数は現在の半数の16ヵ国。「メンバー交替の許されなかった最後の大会」、まさにそれこそが1966年大会を特徴づけている。パク・ドイクの右足からの低いシュートがイタリア・ゴールの右隅に決まるのは、10人で戦い始めてから9分後のことだった。(この項、了)

 
初出:『プレミアシップマガジン』(アスペクト)

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

サヤマ・リマスタリング

嗚呼、懐かしの長編色彩記録映画『ゴール!』(前編)

奇蹟のイレブン 1966年W杯 北朝鮮VSイタリア戦の真実 [DVD]
 英国人TVプロデューサー、ダニエル・ゴードン率いるクルーが平壌入りしたのは、2001年10月。取材対象はいわずと知れた1966年ワールドカップ・イングランド大会の北朝鮮代表メンバーだった。

 北朝鮮はソ連に0-3(前半0-2)で敗れたものの、チリとは1-1(前半0-1)。1万7千829人が見守る7月19日のグループD最終戦では、若き日の名手マッツォーラ(インテル)、リベラ(ACミラン)らを擁するイタリア代表を1-0(前半1- 0)で退けている。

 準々決勝では、エウゼビオのいたポルトガルに3点先取したのちに失速し、その後5失点。経験不足のもたらす惜しい敗戦ではあったにせよ、ワールドカップ史上に刻み込まれるベスト8進出だった。その35年後の平壌でゴードンたちはイタリア戦での貴重な決勝ゴールを挙げた朴斗翼(パク・ドイク)ら7選手の現在をドキュメントしたという。

 1966年イングランド大会で北朝鮮代表が初めて姿を現したのは英国北部の古豪クラブ、ミドルスブラの本拠地アイアサム・パーク(※現在はリバーサイド・スタジアム。愛称ボロ)である。ところが間の悪いことに1876年創設の同クラブは、2部落ちが決まったあとのなんとも物悲しい時期。

 にもかかわらず、北朝鮮の下馬評をくつがえす大活躍が落ち込む港町の人びとに勇気を与えた。3千人のミドルスブラ・ファンが準決勝対ポルトガル戦の行われるリバプールにまで付いて行ったという。そうしたノスタルジックな追憶がドキュメンタリーの核心部分と聞いていた。

 これは必見とばかりに必死になってそのTVドキュメンタリー『The Game Of Theire Lives 奇蹟のイレブン』を探した。PAL方式のDVD版でもいいからと記して手配したのに、送ってこないのよね、一向に。

 そうこうするうちに締め切りが近づいてくる。ひとり途方に暮れていたら、親切な六川亨『プレミアシップマガジン』誌編集長(※注:このコラムは休刊した同誌が初出)曰く、「'66年大会の記録映画『ゴール!』で行きましょう!」
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 窮すれば通ず。驚いたことに編集長は『ゴール! サッカー1966世界選手権戦 長編色彩記録映画』と題された公開当時のプログラムとビデオを持っていた。実はこちらも1960年代の中学時代に上映会で観たことがあるので懐かしいのなんの。しかもそのプログラムには思いがけず貴重なデータが記載されている。

 同プログラムによれば、各国選手団のロンドン到着からイングランド-西ドイツによる決勝戦までに使用されたカメラは117台。大掛かりな陣容にまず驚かされる。

 製作総指揮はマイケル・サリバンで、製作担当はオクタビオ・セレノ。監督はアビディーネ・ディノとロス・デビニッシュ。チーフ・ディレクターのディノは1913年イスタンブール生まれで、 ソ連映画の開拓者エイゼンシュテイン(1898-1948)の親友だったとある。風刺漫画家、ジャーナリスト、画家を経て、第二次大戦後は映画製作論も著したそうだ。

 公開当時の日本で知られていた名前は、ナレーションを担当した俳優ナイジェル・パトリックぐらいのもの。プログラムでも彼だけは別格扱いである。ただ、なぜか『紳士同盟』(監督:ベージル・ディアデン/1960年)の出演歴が省かれていて不思議でならない。『紳士同盟』は英国テイストの泥棒コメディでこの種の系統の教科書的作品として知られる。

 不思議なのは、音楽方面を脚本家兼プロデューサーとして名高いジョン・ホークスワースが担当していること。この人は『第三の男』の美術スタッフの一人でもあった。……てなこと書いてると際限がなくなるが、撮影陣だけでもクレジットしきれない程大勢いるのが分かる。注目すべきは、撮影顧問にマイケル・サミュエルソンを迎えていることだ。この人は'68年メキシコ・オリンピックの記録映画『太陽のオリンピア』(監督:アルベルト・イサーク)でも撮影を手がけている。

 この豪華ラインナップを知ることで、当時の記録映画が“速報第一主義”と一線を画していたことが分かる。ただやはり、要所要所にはフットボールの専門家が必要になるはずだ。(この項つづく)
 
初出:『プレミアシップマガジン』(アスペクト)

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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