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佐山一郎blog

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サヤマ・リマスタリング

「カメルーン代表に日本が勝った日-身体能力という強迫観念オブセッション」第4回

 翌日は、前日本代表フィジカルコーチのルイス・フラビオ(当時浦和レッズフィジカルコー/ 現・浦項スティーラース・フィジカルコーチ)に話を聞きに行った。ブラジルの名門クラブやサウジアラビア代表のフィジコを経て'91年に来日したフラビオは、身体のみならず選手のメンタリティにも精通している。

 反対に今度は日本代表の身体能力について聞いてみたかった。

「ヨーロッパ勢との身長、体重差は気にしないでもいいと思います。旧約聖書に出てくるダヴィデとゴリアテの話はご存じですよね。ペリシテ族の巨人、ゴリアテが小さなダヴィデのために殺されてしまうんです。国によって特徴がありますのでそれに合わせなければいけません。
 サッカー人口が増えているから、その特徴もいずれ変わるでしょうね。日本人は持久力が素晴らしいし、生まれつきスピードの速い選手も沢山います。パワーが足りないとよく聞くんですけど、パワーだけの練習ではいけません。パワーとスピードの組み合わせを若いときからやっておくと、あとから効いてくるんですけどね」

 カメルーン戦の感想を聞かれたことで、フラビオは代表スタッフ時代を思い出したようだ。

「4年間日本代表チームにいましたが、ガーナやナイジェリアとやるときに怖がっている雰囲気があったんです。ブラジルでは60%くらいが黒人選手で、ヨーロッパ系もアフリカ系もいて慣れているんです。でも日本の場合は事情が違いますから、そういうときにぼくは『もっと自分を信じろ』『自信を持ってやれば絶対できるよ』と言い続けました。
 2-0で勝ったカメルーン戦は、頭を使って素早くボールを回したのが勝因です。相手をイライラさせることで日本ペースになったわけですから。指揮をとる人が弱気になるのがいちばんいけないんです。フランス大会のときも、ぼくは決勝までの45日間のコンディショニング計画を立てていたんです。優勝するつもりでやっていたんです」

 弱気の虫と「身体能力」はどうやら背中合わせになっているようだ。トルシエ自身も予想以上の出来に驚いてしまったカメルーン戦だったが、菅野がコンフェデ杯の前に磐田のコンディションルームで語った言葉がとりわけ印象深い。

「最近ぼくが思うのは、南米サッカーとかヨーロピアンサッカーという地域ごとの言い方があるように、日本ならではのスタイルがそろそろ出始めているかなって気がしているんですよ。身体能力に頼りがちなアフリカ的なサッカーをいなせる日本的なサッカー、ということでとくに大事なのは、判断の速さでしょうね。カメルーンの選手が独特の間やリズムで来る前に、ボールをはたいちゃうんです。俊敏性で置き去りにして、更にもう一回前のほうでボールをもらうんです。
 いわゆる身体能力を前面に押し出すタイプはフォワードとディフェンダーで、速筋繊維という筋肉を速く動かす筋肉の割合が多い。で、そういったタイプの選手が身体能力を発揮して、スピード、バネ、パワーという言葉を獲得している、と。それをみなが驚異に感じてしまうのも分かるけれど、対処の仕方は必ずあるし、それを楽しめるくらいになってきたときに、初めて日本はワールドカップの常連国になれるんじゃないですかね」

 それだけが前面に出てくるとミもフタもなくなってしまうのが、身体能力という言葉のようだ。「驚異」と半ば同じ意味を持つこの言葉が仮死語になる日は案外近いような気もするが、そのためには、菅野コーチの言う「何なんだ、こいつらは!? と思わせる日本独自の武器」がどうしても必要だ。まさかここでボールを取りに来ないだろうというときにいきなり現れる中山雅史のやり方が、西澤や鈴木に遺伝したのがカメルーン戦のもう一つの収穫だった。

 とはいえ、優れた技術の上に身体能力があるエムボマのような選手がオフ・ザ・ボールの動きを覚えて、しかも体調が万全だったとしたら、現時点での日本は厳しい。ホスト国ならではの多種多様なアドバンテージと川口のスーパーセーブが勝負の分かれ目にあったことをやはり忘れてはならないだろう。(了)
初出:『Sports Graphic Number』(文藝春秋)JUNE 2001

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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「カメルーン代表に日本が勝った日-身体能力という強迫観念オブセッション」第3回

 キックオフ直後の超ロングシュートが、いかにもカメルーンらしい。副島博志(当時セレッソ大阪監督/現・ジェフ千葉U-18監督)に、彼のような選手を見て、指導者として変わった部分はありますかと聞いた際に、「変わりましたよ。だってハーフウェイラインがシュートレンジなんですから」と言って苦笑していたのを思い出す。副島はパトリック・エムボマが在籍した'98年のシーズンをガンバ大阪のフィジカルコーチとして過ごした。

 桁違いのスケール、考えつかないプレーはサッカー観を変えてしまう。たとえハーフウェイライン近くでも縦に一人入ってコースを切らなければならないからだ。いずれにしても、Jリーグのシュートレンジはまだまだ狭いということになる。

 試合は8分に、鈴木隆行のゴールで日本が先制。バックスタンドの前から4列目の席で観る限り、182cm、75kgの鈴木の身体能力はかなり高そうだ。背中の発達が日本人離れしていて、パワフルなのが分かる。

 だが、そもそも身体能力とは、測定可能なのだろうか。

「複合的要素が含まれているから測れないんですよ」と教えてくれたのはジュビロ磐田のコンディショニングコーチ、菅野淳(現・FCソウル・フィジカルコーチ)だ。
「カメルーンは身長の高さや足の長さなどの“身体資源”的な要素が大きい。それらの要素を最大限に使い切れる能力を持ち合わせているなと感じます。日本代表選手を測定するフランス人スタッフが、欧米のプロ選手に比べて遜色ないと、言って帰るわけだけど、その辺を考えて整理していくと、やはり遜色はあるわけですよ。
 ただ、いつもの試合と違って変なところから足がビヨ~ンと出てきて、取られちゃう局面があったりするかもしれない。柔軟性なのかもしれないけれど、その辺のことがなかなか測り切れない」
こうした考え方は副島にも共通するようだ。
「日本人の中では西澤(明訓)の空間認知がいいんですよ。飛んでくるボールに対しての胸トラップ、ヘディング、ワンタッチシュートもいい。彼の場合はスピードが凄くあるほうじゃないけど、ジャンプ力がある。だから、こと空間認知ということでの身体能力があるわけです。エムボマも空間認知がいいですけど、西澤ほどではない」
 試合は日本ペースで進んでいく。26分から4本立て続けにシュートされるシーンもあったが、鈴木、西澤と競り合って倒れるのはカメルーンの選手だった。

 身体能力を感じさせたのはエムボマと前線に張るエトオが右に切り返してシュートを放ったときだ。中田浩二は完全に振り切られていた。切り返しということでは、左の攻撃的MFオレンベの能力にも目を瞠るものがあった。菅野の言う「足ビヨ~ン」のシーンは右の攻撃的MFアルヌジにあったし、ヘディング時の右ボランチ、フォエのジャンプ力の高さにも目を見張る瞬間があった。フランス・リーグのリヨンで活躍するフォエは190cm、84kgで体格にも恵まれている。
(※マルク=ヴィヴィアン・フォエはコンフェデ杯2003準決勝、対コロンビア戦の後半、心臓発作で急死。享年28。)

 後半に入ってからも、身体能力の差を感じるさせるシーンがいくつかあった。レアル・マドリードのMFヌジタプと交代して出てきたエパレのスローインは長く速いし、反則によるFKを誘いだすことになる左ボランチ、ウォメのリズム感あふれるドリブルは11秒間も続き、悪く言えば時代錯誤的。

 ところが、西澤の攻撃的守備に、左SBのヌジャンカが倒れ、中田に代わって交代出場の森島のクロスを許してしまう。それが65分の鈴木の2点目のゴールに結びつく。鈴木の当たりの強さにCBのソングが倒れるシーンもあった。
「不屈のライオンの牙を日本がへし折った」
(長坂哲夫・当時フジテレビアナウンサー)
 2-0(前半1-0)の快勝には違いないが、コンディションの差を感じさせる試合でもあった。(この項つづく)
初出:『Sports Graphic Number』(文藝春秋)JUNE 2001

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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「カメルーン代表に日本が勝った日-身体能力という強迫観念オブセッション」第2回

 それにしても、言葉の独り歩きばかりが目立つ身体能力とはいったい何なのだろう。

 フランス大会直後の代表インタビューを収めた『6月の軌跡』(増島みどり著/文藝春秋)では、伊東輝悦がこんな風に語っている。
6月の軌跡―’98フランスW杯日本代表39人全証言 (文春文庫)
「そう、今回ひとつ気になったのは、よく使っていた身体能力の差という言葉、それはいったいどういう意味なんだ、と思った。自分だって決して身体的に大きいわけじゃないし、恵まれているとは思えないけれど、サッカーをやってその差を根本的に感じることはなかったんでね。(中略)身体能力の差って、何を指すんだ? それだけで片づけるなよ、って思いますね、やっぱり」
 頼もしい発言だが、加藤久は元センターバックだけに取り扱いに慎重を期す。
「ディフェンスの最終局面で1対1になってカバーリングに入らなければならない状況になったとき、身体能力の差が顕著になるんです。伊東テルはポジションが中盤だから、それほど感じないのでしょう」
と語る。

 加藤によると「身体能力」は、筋力をベースにした瞬発力やバランス能力、巧緻性こうちせいのこと。相手のフェイントについていくための反応や、転んでもすぐ立ち上がる速さということではファンならずとも中田英寿のパフォーマンスが目に浮かぶ。細かな方向変化を含む素早い動きをこなす能力、持久力も含まれる。

 カメルーンのような相手と戦うときの対応策ということではやはり「数的優位」がキーワードになるようだ。加藤が続ける。
「今の日本代表は、アタッキングゾーンで前を向いて仕掛けて行くときに、相当なことがやれる。逆に相手に入られるときは数的優位を中盤で作って、なるべく1対1の状況を作らないようにしなくてはいけない。波戸康広のようなスピードのある代表選手も出てきたけれど、まだまだ全体で見れば差があります。フィジカルだけが独立しているわけじゃないけど、日本代表の技術、センス、判断の速さが相手の身体能力で消されることがあるんです」
 ペレ、マラドーナと対戦したことのある加藤に言わせると、傑出した身体能力の持ち主は「天賦の才能で、鍛えてどうのという感じじゃない」そうだ。

「身体能力の基礎知識」を加藤から聞いたあと、新潟に出かけた。

 2001年6月1日、対カメルーン戦前日の記者会見でトルシエは「1対1の競い合いになると我々に勝ち目はない」とまで言っている。「頭脳的組織的なサッカーでなんとか勝機を見いだしたい」とどこか弱気である。コンディションの面では明らかに日本側にアドバンテージがあるのだが、裏を返せば、これで敗れるようなことでもあったならもはや何も言い訳ができない。ホーム側にもホーム側なりのプレッシャーが働く。

 一方、すでにブラジルとの初戦を2-0(前半0-0)で落としているカメルーンは、手負いの獅子だ。頼みのFWパトリック・エムボマ(30歳)はイタリアから遅れてやって来たばかりで時差ボケと疲労が抜けない。顎を上げて歩く孤高のポーズにもなんとなく凄味がない。

 新潟スタジアム、午後7時29分。無風、気温21.2度、湿度43%という快適なコンディションの中で、試合が始まった。(この項つづく)
初出:『Sports Graphic Number』(文藝春秋)JUNE 2001

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

サヤマ・リマスタリング

「カメルーン代表に日本が勝った日-身体能力という強迫観念オブセッション」第1回

 1990年6月8日、ワールドカップ・イタリア大会の開幕戦をミラノ・サンシーロのゴール裏、最上階で観戦していた。一観客としてのまなざしは当然のようにアルゼンチンのスーパースター、マラドーナに熱く注がれるはずだった。
 
 ところが67分に事件が起きた。遥か前方のアルゼンチン・ゴール前で、フリーキックのボールが頭でたたき落とされたのだ。何と高い打点! 急激なコース変化への対応がGKプンピードの見せ場であるにしても、あんなボールが降ってきたらキーパーはひとたまりもない。ピッチに散らばる緑-赤-黄の色彩鮮やかなカメルーン代表ユニフォームと、どこに重心があるのか分からぬ黒い肉体の躍動。120メートルを超える遠目からも視認可能だったことにとにかく驚いた。

 そのフランソワ・オマン・ビイクやロジェ・ミラの活躍で、いきなり前回優勝国のアルゼンチンを0-1(前半0-0)でくだしたことが、カメルーン旋風の始まりだった。カメルーンは2度目の本大会出場にもかかわらず、コロンビアを延長の末に2-1で降し、アフリカ勢初のベスト8入りを果たした。

 カメルーン代表のワールドカップ初出場は遡ること8年、24カ国で戦われた'82年のスペイン大会だった。ペルー(0-0)、ポーランド(0-0)、イタリア(1-1)と互角の勝負をして観衆を沸かせた。
 以下は、鮮烈デビューを目撃したサッカー関係者による現地座談会の一こまである。
松本(育) カメルーンの頑張りはとても印象的だった。イタリアやポーランドといった強豪をむしろ圧倒する場面が多かった。とくに7番(DFエンボム)と9番(FWミラ)、これはもうはっきりいって南米の連中と対等にやれますよ。それとゴールキーパーね。もしこの大会から一軍、二軍のベストメンバーを選ぶようなことがあったら、二軍あたりにカメルーンから2人ぐらいは入るんじゃないですかね。
杉山 ヨーロッパの連中がディフェンスで、なんぼきつく当たっても倒されちゃうんだからすごいよ(笑)。
松本(育) アフリカ勢の活躍ぶりを見るにつけて、まず考えることは、日本がW杯に出場できるのはいつの日か? ということだったな。
全員 (大きくうなずく)
サッカー世界一―華麗なる激突
 『[華麗なる激突]サッカー世界一 ESPANA'82』(講談社刊・1982年)より
 松本育夫(当時・JFA強化本部委員)と杉山隆一(当時・ヤマハ発動機監督)は、いわゆる'68年メキシコ銅メダル組。十代を徹底的に鍛えなければ、W杯に出場できない。そんな結論がカメルーン・ショックから導き出された。

 FIFAコンフェデレーションズカップ2001でのカメルーン対日本戦を前に、強化委員長時代の若手育成プログラムが今なお高く評価される加藤久に会った。予想通りほとんどのメディアがカメルーン代表チームの「身体能力」を賞賛しつつ、警戒してやまない。しかしオブセッション(強迫観念)に囚われ続けていては初戦のカナダ戦(3-0)に次ぐ2勝目はおろか、グループ・リーグ突破もおぼつかない。メキシコ組の松本、杉山両氏が19年前のカメルーン代表に見た偏差は確実に縮まりつつあるはずだ。
(この項つづく)
初出:『Sports Graphic Number』(文藝春秋)

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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