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佐山一郎blog

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サヤマ・リマスタリング

「応援論序説 ~凝視とウイットのあいだで~」第6回・最終回 

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 藤川孝幸の見解も面白い。氏によると、日本のスタンドは、「本当に好きな人」、「ファッションっぽい人」、「その中間」の3層に分けられるそうだ。

 そのあたりのことを'07年7月17日の浦和レッズ対マンチェスター・ユナイテッド戦(2-2)のあと、アレックス・ファーガソン監督にたずねると、熱狂と理解度の高まりを感じながらも、

〈クリスティアーノ・ロナウドにボールが出たときに歓声が出た。イングランドでは、プレーや結果を評価した上での歓声が出る〉

と語った。

 実は、アルゼンチン・テイストでもあるのが日本の応援スタイル。ブエノスアイレスを拠点に活躍するフォトジャーナリスト、ホルヘ三村にもこのテーマでのコメントをお願いした。

 要旨のみ紹介すると、およそ次のようになる。


〈アルゼンチン流の応援は歌いっぱなし、という声をよく聞く。たしかにバラ・ブラバス(=スタジアム内外で乱闘、傷害事件を起こす過激サポーター集団)はそうだ。彼らの歌のほとんどは有名な歌の替え歌。歌詞に意味があるので、ケースバイケースで歌い分けられる。スタンドで飛び跳ねる光景が有名であっても、すべての歌で飛び跳ねるわけではない。試合前などは、片方が相手をけなす歌を歌えば、それに対抗する歌詞の歌で応酬するといった具合で、(かつての『花の応援団』的存在の)相手、バラ・ブラバスと歌でやり合う。また、ボカ(・ジュニアーズ)の場合は、残り時間わずかで勝利が決定的になると、対戦相手がどこであろうと、宿敵(CA)リーベル・プレートをからかう歌を歌う〉
 
〈そうしたことは自然発生的にできるものではなく、バラ・ブラバスのリーダーが、「次はこの歌」と指示を出している。その指示が的確だと、一般サポーターも同調して歌いだせる。これこそが、バラ・ブラバスの腕の見せどころ。選手の側も、元からこの応援スタイルに慣れているので、タイミング良く称賛、激励、叱咤のこもったた内容の歌を歌われれば、プレーにもリズムが湧く。ホームで先制を許したチームが、「ポンガン・ウエボ(気合入れろ)」の歌声に押されて短時間で逆転するケースも珍しくない〉
 もっとも、ごく一般的サポーターも当然いるわけで、好プレーの際は、「いいぞ!」「もう一度!」と叫んで拍手を送るからスタジアム全体が歌いっ放しというわけでもないようだ。選手と彼らバラ・ブラバスとは強い身内意識で支えられ、ブタ箱入りした親玉の面会にボカの主力選手が行くこともあったという。

 アルゼンチンではその後も何度かサポーター派閥による内紛が社会問題化。さすがにそうした贔屓の引き倒しだけは輸入したくないものだ。

 以下は、アルゼンチンのみならず南米各国と日本のサッカー事情に詳しい三村による提言と現状認識である。
〈暴力と無縁な日本のウルトラスは、純粋に応援のリーダーになれるはず。すでに一般サポーターを巻き込んで合唱するところまでいってるので、歌の歌詞、選曲の妙、大衆を巻き込むタイミングに気を配れば、本当の意味で選手を後押しする応援になる〉
 
〈ただ、叱咤や激励といった内容のいくつもの歌を定着させることと、一般サポーターも歌えるほどに歌詞を浸透させることは容易ではない。また、「日本語の歌は恰好が悪い」という風潮も、新しいスタイルの確立には障害となるだろう〉
 考えどころに来ている応援のあり方を照らし出すこの種の意見は極めて稀だ。凝視(集中力)とウイットのあいだで、自分たちにいちばん適合するやり方を考えつつ大いに楽しみ、勝つ──。トルシエ、ジーコ、オシムと、3代連続で外国人監督を戴く代表チームと同じ課題が、サポーターにも突きつけられているようだ。(この項、了)

(初出誌『サッカー批評』36 号/2007年10月10日発行を一部改稿)

※次回のサヤマ・リマスタリングは『Addicted to the Blues 我らが愛しのチェルシー[高級住宅街とフーリガンの正体]』の予定です。

サヤマ・リマスタリング

「応援論序説 ~凝視とウイットのあいだで~」第5回 

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 では具体的にどうすれば、もっと良くなるのか。その質問が次のDである。

質問D 「どういったときにどのような応援(例:拍手、歌、声援など)があれば、最も力になると思いますか?」

 ここでの特徴も、ポジティブ・シンキングに尽きそうだ。

「良いプレーをしたときのタイミングの良い拍手」と、「オリジナリティーのある声援や歌声」が集中力を生み出すというふうな回答が多かった。

 特に有効な時間帯、局面としては、「入場時」「負けているとき」「前後半の終了間際」などが挙がった。

 もう一歩踏み込んだ回答の中からは、「体力的にきついときに名前のコールを」「ゴールした際に、とにかくいっぱい騒いでもらって、相手チームのダメージを2倍にさせる」という意見が目を引いた。

 質問Eでは、クラブ・サポーターの応援の強度や威圧感について聞いてみた。

質問E 「アウェイで相手クラブ・サポーターの応援や声がプレッシャーになったときがありますか? またその理由とクラブ名は?」

 名前の挙がったところでは、浦和レッズが断然トップ。次いで、アルビレックス新潟。ほかは柏レイソル、清水エスパルス、鹿島アントラーズ、ヴァンフォーレ甲府などだった。浦和の特長については、「赤一色に統一されたサポーターとその数の力。試合中では声が揃った歌や拍手」と、ヴィッセル神戸の某選手が回答している。

 FとGの問いかけは、「(応援の)日本化」という問題ともかかわる。東京ヴェルディ主催ゲームのハーフタイムにチアーズが登場したときは、JSL(日本サッカーリーグ)時代とのあまりの違いに愕然としたものだ。

質問F 「チアガールなどのアメリカン・スタイルについては、どう思いますか?(例:ハーフタイムと試合終了後ならOK、など)
質問G 「プレミアリーグのスタイルにならって、試合終了後の選手がスタンドの前に行って挨拶することをいずれ廃止すべしという意見については、どう思いますか?」

 Fの質問については、こちらの予想を上回る賛成派の多さに驚いた。「要らない」と回答したのは、わずかに2名で、全体の1割にも満たない数字だった。

 最後の質問Gに対する回答は、現行の挨拶が儀式として根づいたことを示す以外の何ものでもなかった。
「プレミア(リーグ)は、あぶないとか、ピッチが近いとかいろんな理由があるのでは……。日本は日本のスタイルでいいと思う」(ガンバ大阪MF/二川孝広)
が、選手側の多くの意見を集約している。

 ただ、怒れるサポーターとの一触即発的事態だけは、避けたいところ。

「どちらでもかまわないが、今までやっていたことを廃止すると、ファン、サポーターの反応が厳しいのではないかと感じる」という回答が1~2割寄せられたことを付記しておく。

 試合終了後、さっと引き上げてしまうプレミア流についてロンドンの写真家、ピーター・ロビンソンに問い合わせると、こんな答えが返ってきた。氏は、'60年代後半から世界各地でフットボールを撮り続けている高名な人物だ。
Football Days: Classics Football Photographs by Peter Robinson
〈イギリスの選手ももちろんファンの有り難さを認識しているが、特定のファンと接触したり、近づいたりすることが禁じられているため、ホームでの試合後は4サイド(360度)向いて、頭上で拍手をする。アウェイのときは、わざわざ地元から来てくれたファンの方角に向かって、同じく頭上で拍手する程度。〉
 さらにイングランドにおける贔屓の引き倒し現象については、こんな答えが。
〈相手チームに対して下品だったり人種差別的である、罵詈雑言を浴びせ侮辱するときが特にひどい。選手に不倫スキャンダルがあったりすると、放ってはおかず、

『♪こんなところでサッカーしていていいのか。妻は今頃何してる?』

というふうな内容を、いつもの応援歌の替え歌で歌うのが得意。よく聞くと、そのどれもが容赦なくこき下ろす内容ばかり〉
 
〈ただそれは彼らの才能のダークサイドをあらわすもの。ちょっとしたハプニングに対して即座にうまく反応する機転の速さとユーモアがとてもイギリス的なのだ〉
とロビンソン氏。
〈たとえば、トテナム・ホットスパーズの試合中にこんなことが。太鼓を叩いていた青年が勢いあまってバチをポーンと飛ばしてしまった。すると、2秒もしないうちに、誰が声をかけたのでもなく、それまで皆が歌っていた歌が「♪You won't be drumming anymore(おまえはもう太鼓を叩けない)」と替え歌されて、応援席の全員がその替え歌で盛り上がった。このファン同士刺激し合って楽しむのは、イングランドならではかもしれない。リヴァプールのサポーターは、特にこの種のウイットがあることで有名だ〉
 ことウイット(機知、機転、頓才)ということでは、都並敏史(当時・東京ヴェルディ1969アドバイザー)が出色の逸話を聞かせてくれた。

〈猛暑の中で応援が確実に効いたと思うのは、ちょっと古い話になりますが、シンガポールでの'84年ロス五輪予選。出場のかかったサウジアラビア対韓国の死闘をナショナルスタジアム('07年閉鎖)で観ていたんです。ちょうど建設ラッシュで韓国からの出稼ぎ労働者が300人ほど来ていて、4-4で延長突入後に強力な応援リーダーの指揮で「イギョラッ(頑張れ)! イギョラッ!」を大声でやり始めたんです。グレーの作業着の下には白いTシャツ。その上着を声援に合わせて300人が開け閉めしたのがもう忘れられない! 結果は、韓国が負けたんですけどね(笑)。応援のマンネリ化はどこの代表、クラブでも当たり前ですから、たとえ人数が少なくても、即興性とリーダーのまとめる力が大事なんじゃないでしょうかね〉
(第6回につづく)
(初出:『サッカー批評』36号/2007年10月10日発行)


※「応援論序説」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。

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「応援論序説 ~凝視とウイットのあいだで~」第4回 

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 ところで、『日本サッカー狂会』(日本サッカー狂会編/国書刊行会)というハードカバーのサポーターズ・ブックが刊行さたのは2007年夏のこと。謳い文句に〈'62年創設の元祖・日本代表サポーター集団=通称「狂う会」の歴史を、その名を名乗って15年目のウルトラス・植田朝日もまじえて振り返る一級史料〉──とあった。

日本サッカー狂会

 画期的だった読売クラブのサンバ隊についてはあまり触れられていない。それでも代表で『アイーダ(「凱旋行進曲」)』などの応援歌が歌われ出したのが、'92年初夏のキリンカップ(対アルゼンチン=東京・国立/対ウェールズ=松山・愛媛県営/いずれも0-1)であったことを同書で確認することができた。つまりそれは、ハンス・オフトが代表監督に就任した頃である。
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「応援論序説 ~凝視とウイットのあいだで~」第3回 



“部族儀式歌”の歌合戦的発展ということでは、全員がリヴァプール出身のビートルズの存在もおさえておく必要がある。ワールドカップ・チリ大会の開催された'62年は、4人のレコード・デビュー年。'65年には早くもMBE(メンバー・オブ・ブリティッシュ・エンパイア)勲章をもらっている。
 

 合唱儀式が初めて壮大な規模に達したのは、アンフィールドのコップ(=南ア・ボーア戦争時の難攻不落の丘陵、スパイオン・コップにちなんだメインスタンドから見て右側ゴール裏立ち見席)。そこに陣取った誇り高きファンたちによる試合のムードに合わせての改作や寸評を歌に託すチャントが、相手チームに次々に伝染していったとするモリス解説には説得力がある。



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「応援論序説 ~凝視とウイットのあいだで~」第2回 

←「応援論序説」第1回

 とはいえ、効果うんぬんなどといってられぬほどに出来上がってしまっているのが伝統国。四半世紀前の本になるが、『サッカー人間学 マンウォッチング2』(原題“The Soccer Tribe”小学館)でイングランドの動物行動学者デズモンド・モリス(1928~)が試みた分類には、依然として考えさせられるものがある。そこではまず中高年のクラブ・サポーターと青少年サポーターの違いが明示されていて、要約すると、こんなふうになる。

The Soccer Tribe

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