リーディング・ブックス ~書評再録(5)~

『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』
佐野眞一著 集英社文庫 上下巻各743円+税
沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史 上(集英社文庫)
 それぞれの沖縄理解(のようなもの)がある。だが今は聞き捨てならぬ意見も耳にする。

 曰く「米軍犯罪ばかり目立つけど、ちゅら島は殺人事件や飲酒運転の発生率が日本一高いアブない県なんでしょ」。曰く「沖縄に仕事で行くと約束の時間を守らない人が多くて困る」。

 一体全体、沖縄とは何なのか。「同情史観」だけで立ち行かなくなっていることもまた確かだろう。本書刊行の機は熟していたのだと思う。

 この本は天皇家と沖縄とのかかわりから米軍、裏社会、琉球芸能までを豊富なインタビューによってカバーしている。その対象は“米(国)留(学)組”の親睦団体「金門クラブ」のメンバー、『沖縄密約―「情報犯罪」と「日米同盟」』の著者で元毎日新聞記者の西山太吉、更には'70年代のヤクザ抗争でトップのタマをとったヒットマンにまで及ぶ。“軽量級商品”に慣らされた読者には重厚長大な作品である。

 佐野眞一の場合は、どうやら言い過ぎ書き過ぎも芸のうち。日本最西端の島、与那国を描く際にも以下のような気骨稜々ぶりが発揮される。
〈与那国は沖縄耽溺者ウチナージャンキーの聖地である。古くは、竹中労が南島辺境からの革命ブームにずぶずぶにハマり、沢木耕太郎が日本から失われた純朴ムードに無邪気にイカれ、吉田司が例のひねくれた文章で物議をかもし、後に削除だらけのトンデモ本を書く羽目になったのが、この島である。あの司馬遼太郎までがこの島を訪ね、与那国の雰囲気とはおよそ「芸風」違いの「風土と人間を見つめる思索の旅」をおごそかに展開している〉
 ノッて仕事をしていたのが伝わるだけあって、どの項も破格の面白さである。それは波瀾万丈の人生で県民に知れわたる沖縄政財界の大物の考察だけにとどまらない。佐野は統計数字と不釣り合いな町並みの繁栄をいぶかり、「模合もあい」「寄合ユーレー」と呼ばれる相互金融組織とヤクザとの結びつきの可能性を県警元幹部から聞き出す。

 本書の刺激的な表題「だれにも書かれたくなかった」に最もふさわしいのは、「空白の琉球弧──奄美群島」の項だろう。

 そこでは“被害者の島”であるはずの沖縄による“奄美差別”の実態が明らかにされる。

 もっとも、それ以上の驚きは、沖縄の奄美出身者を助けたのが創価学会=公明党で、同党が2006年11月の沖縄知事選で仲井眞弘多なかいまひろかず新知事を誕生させる原動力になったこと。奄美は1947年の時点で非合法の共産党を誕生させた「革新の島」だったという。

 2008年2月に少女暴行事件が起きる。その後の仲井真知事の米軍隷属的な態度に対して、現地の親しい新聞記者は佐野の前で「これじゃ、仲間由紀恵を知事にした方がよっぽどよかった(笑)」と語る。

 こうした苦い笑いの本願は、攻撃の武器としての笑いの復権でもある。佐野は沖縄で戦後唯一右翼の凶刃に倒れた人物が、刺した人間と仲良くなる沖縄ならではの意識と関係性に着目。美談よりずっと深い、“差(刺)しつ差(刺)されつ”の関係という悪い冗談を思い浮かべる。

 破天荒な沖縄は、暗さを暗さのままに描くノワール型ルポの枠組みに収まりきらないようだ。凄まじい敵愾心発生の根に、「門中意識」(=沖縄での同族の結合体をいう。共同の門中墓を持つほど地域的つながりが強い)に象徴的な結束の固さと地縁血縁の濃さがあるとする見解にも得心がいく。

 「本土メディアが容易にすくいとれない沖縄社会の汲めどもつきない奥深さと、不気味さ」──を描く本書は、敵味方が判然としないクライム・サスペンス映画『L.A.コンフィデンシャル』(原作 ジェイムズ・エルロイ)を彷彿させる。そういえば『月刊PLAYBOY』に長期連載されていた時のタイトルからして「沖縄コンフィデンシャル」だった。(注・同誌は、2009年1月号で終刊。本書は2011年夏に上下巻で文庫化されている)
L.A.コンフィデンシャル [DVD]
 
初出:『週刊朝日』(朝日新聞出版社)2008年10月24日号

※「リーディング・ブックス」は不定期掲載です。