サヤマ・リマスタリング

雑誌の明日(1/5)

雑誌のいま

 駅構内やコンビニエンス・ストアーで無料の雑誌が目に止まることがある。大々的に宣伝して始まったときにはどんなものかと思わず手に取ったものだが、そのうちに退屈な街の風景に没してしまった。

 一驚いっきょうきっしたのは、編集部の様子がテレビの報道特集番組で紹介されたときのこと。若いエディター諸侯は、一本一本の記事の“圧縮化”に邁進まいしんしておられた。読みやすさが高じて読み捨てにもつながりかねぬその姿を見て、待てよ、これは雑誌の作業ではないな、むしろ3日遅れの新聞に近いノリだぞと直感した。そしてこう呟いてしまうのだった。

「ただより高いものは無い」──と。

 無料雑誌の方々が、ただであることに対するお礼をいわれるにこしたことはない。しかしそれについての噂は聞かれない。無料ゆえにどこかゆるいのだ。雑誌ならではの「楽しみ」も「驚き」も「学び」も乏しい。

 にしても、読み捨てたあとのあの寂しさは、いったい何に起因するのか。持ち帰る瞬間も微妙にうしろめたい。当該テレビ番組では「愛読者」たる一人暮らしの若いサラリーマンの暮らしぶりが映し出されていた。帰宅時に必ず入手する無料雑誌に夜遅い粗食とPCチェック。そうした一連のしがない流れこそが、今様ライフスタイルといわんばかりの描き方だった。

 今ここで、ひと昔前の「有料雑誌」は違った、バラ色だった、と豪語できればよいのだが嘘はつきたくない。群雄割拠と淘汰とうたの繰り返しであることにおいて大した差はないのだ。だから「'80年代の雑誌状況で良かった点は?」と聞かれる際にも、とりあえず「こんなに沢山の雑誌はなかった」としか言えない。ただし少なかったがゆえのプライドだけはあった。そんなことを言うのは、昨日こんな逸話を耳にしたからである。

 誰もがその名を知る(ジリ貧の)名門若者雑誌の編集長が珍しく晴れやかな表情を浮かべていた。で、思わず友人が「どうした、少しは売れるようになったの?」と聞いた。出てきた答えはというと、「ええ、『〇〇〇〇〇』の真似をしたら好調なんですよ」。失笑禁じ得ずの情けない逸話である。



 1日24時間というヒトとしての基本条件が変わらない中、ゲーム、携帯、ネットと雑誌の手強いライバルが出現したから、という状況論はもういい。まずは「今、毎月何冊自腹を切って買っているか?」を関係者は自問すべきだ。たぶんゼロ冊の人もいるはずだ。

 だからといって無料雑誌が一歩先を行ってるわけでもない。そこにあるのは退嬰たいえい的ニヒリズムとでも言うべき何かだ。「自腹を切って買うほどのものでもないから」こそが無料化の発端にあるとぼくは思う。その上で住環境も改善されないとなれば、部屋に本棚すら置けない。

 しかもこの広告料全面依存という名の究極手法は雑誌における編集スピリットの棄却ききゃくという対価を払う。「創る→売る→買う」の流れに介在する魂のやりとりと、或る種の尊厳を捨てることで、無際限むさいげんの対価を払っている。つまりフリーペーパーより不自由なものはないし、かえって高くついているのだ。
雑誌的人間
 自著『雑誌的人間』(リトルモア)に出てくる「広告乞食」という辛辣な表現が一部で話題になったと聞くが、無料雑誌のことをくさしたわけではない。読者に感動を伝える使命を忘れて広告ばかりを気にする依存症の現状を批判しただけなのだ。

 とにかくいつからこんなに芸がなくなったのかというくらいに、面白い雑誌が少ない。その際のいちばんのバロメーターが、ゲストの有名性に依存するインタビュー記事だろう。出てくる側=インタビュイーの多くが最新の映画やアルバムリリースのPRが目的で、一種のバーター状態。その人選やビジュアル表現からして意外性のかけらもないし、インタビュー原稿の工夫の乏しさも問われた形跡がない。コラムや書評の書き手もあちこちかけもちのご常連ばかりで内容も平板だ。

 ぼくの言う「広告乞食」には、あらかじめ失われた反骨と遊び、ゆらぎなども込められている。有料雑誌が色褪せてしまうにはまだ早すぎるのだ。(この項続く)

初出:『Free & Easy』(イーストライツ)2007年6月号より

※「サヤマ・リマスタリング」は毎週水曜日・金曜日に掲載予定です。