続・雑誌的人間

佐山一郎blog

 アンディ・ウォーホル(1928~1987)の27回目の命日に合わせて、展覧会『永遠の15分(15 MINUTES ETERNAL)』に行ってきた。 

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 着くや否やげんなりした。六本木ヒルズ・森美術館の切符売り場はけっこうな行列なのである。

「混みそうですね」
「申し訳ありません、いちばん混む時間なので」

 よく晴れた土曜の午後ならそれも当然である。

「なんとか15分で見終えようと思ってるんだけど、ちょっと無理かな」

 洒落の通じる男はいい。窓口から笑い声とチケットが出てくる。'74年の来日時、ポップアートの先駆者ウォーホルは「日本人に何か一言」と月並みなコメントを求められ、「ん?……貯金しろ」と言った人物でもある。寄席にチョイト出かける感覚でよいのだ。

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 新聞、雑誌はどうして以前ほど読まれなくなったのか──。

 そんなテーマではるばると思い出すのが、父の会社の栄えていた時代のこと。『日経』や『朝日』以外にも業界紙各紙が郵便受けに詰まって引っ張りだすのが大変だった。

「お母さん、新聞販売店に『朝日ジャーナル』を定期購読するって言ってもいい?」と聞いて、あっさり「いいわよ」と返され、高校生のこちらもそれを当然のことのように受け止めていた。1960年代末のことである。とかくいわれる〈右手に『少年マガジン』、左手に『朝日ジャーナル』〉の実践者の一人だったのか、と不覚にも今になって気づく有様だ。家業は傾きつつあったのに、親不孝だけは上昇気流に乗っていた。

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